研究会(11/21 17時~ 井上卓也氏発表)のお知らせ

 日本ラカン協会・東京大学大学院総合文化研究科原和之研究室の共催により、下記の研究会を開催しますので、どうぞ奮ってご参加ください。

 

・日時:11月21日(日曜日)17時から19時

・場所:オンライン(お手数ですが下記リンク先からご登録の上、送られてきたメールのリンクよりご接続ください)

https://u-tokyo-ac-jp.zoom.us/meeting/register/tZYpcO-urzopGNPjC9lCPt7PNpeRRyFlR50Q

・発表者:井上卓也(日本学術振興会特別研究員(PD))

・発表タイトル:主体の歴史と精神分析技法の成立:初期精神分析史の再検討にむけて

・共催:日本ラカン協会・東京大学大学院総合文化研究科原和之研究室

 

【発表概要】

主体の歴史と精神分析技法の成立:初期精神分析史の再検討にむけて

井上卓也

 

 フロイトは1895年の『ヒステリー研究』において、自らが提示する症例のテクストに学問的慣例から逸脱する特徴を認めている。すなわち、通常の病歴にはみられない「心的過程の詳細な描写」に踏み込むその記述は、文学的なフィクションに接近し、あたかも「小説のように読める」。他方、まさに「科学がもつ真剣みという刻印を欠いている」ようにおもわれるそのような主体の苦難の歴史(Leidensgeschichte)こそ、「局所診断」や「電気反応」などよりもはるかにヒステリーの理解に寄与するというのである。だが、精神分析が一見して客観性とは対極にあるこのような対象を扱うものだとすれば、19世紀末という時代において、その技法はいかにして認識的な価値と治療的な意義を備えた新たな科学的方法として提示されえたのだろうか。ましてフロイト自身の出自である当時の神経病理学が、もっぱら病変を神経系のうちに局在化し、客体化することに力を傾注していたのだとすれば?

  本発表では、1915年までの技法史を主題とする発表者の博士論文(De la catharsis au transfert : l’histoire du sujet et la formation de la technique analytique)の内容を補完しながら、このような問いに1)その理論的な背景および2)実践のより具体的なディスポジティフの展開、という両面から答えることを試みる。考察の出発点となるのは、かつてジャン・スタロビンスキが「反応の病理学」と名付けた、出来事や環境に対する主体の「反応」に精神疾患の原因をみてとる精神病理学的思想の系譜である。シャルコーの外傷ヒステリー研究に「反応の病理学」の大きな転換点を見出すグラディス・スウェインの見立てにしたがって、ここではまずシャルコー以降のフランス・ドイツにおける議論の展開を追いながら、複数の出来事による症状の規定、という『ヒステリー研究』の病因論を可能にした文脈を再構成する。さらに、一連の過去の経験が実際に症状形成に関与したことを検証するうえで、独自の「証拠」の体制が動員されたことを同時代の症例研究との比較から明らかにする。

 個人史の細部に分け入ろうとするこのような傾向については、初期の分析家たちのあいだでも評価が分かれることになるだろう。たとえば、幼年期の性的体験や空想の再構成を求めてしだいに長期化していくフロイトの治療に対し、シュテーケルは表面的な素材の象徴解釈を多用する短期間治療に傾いていく。またユングやプフィスターらスイスの分析家たちは、幼年期の性的体験の想起をリビードの退行によるたんなる遡行的な投影とみなしてフロイトの「歴史的アプローチ」に異を唱え、リビードを現実の課題に適応させる「教育的アプローチ」を掲げることとなる。ここでは1910年代のフロイトの技法的テクストをその「歴史的アプローチ」に最適化されたもの、すなわち転移を通じて過去の諸関係を自発的に浮上させ、患者の「確信」を生み出すための条件を示したものとして、当時の乱立する技法との関わりから読み直すことを提案する。 

以上